- 薬 - [妄想人に捧ぐ48のエ口御題]





仕事中にちょっと用を足しに出たのは、ほんの少し前の事。
給湯室に置いてあったお茶請けの鯛焼きを1つ、つまみ食いしただけ。

…それなのに。



「…は…っ」

苦しい。

心臓は少しずつ早鳴りを始め、始めは気にならなかった動悸が今は静まらないどころか、どんどん加速する始末。
咽は呼吸の仕を忘れてしまったのたかのように不規則に荒い息を吐き出すだけで。

あまりの苦しさに大きく息を吸い込み、吐き出した。


何で…こんな…。



「…んじ……恋次」
「っはい!!…」

その声にはっと我に返る。

「…聞いておらぬのか」
「すんません…」

白哉の声が明らかに呆れを含んでいる事に、顔が熱くなるような羞恥を覚えるが、こんな状態で聞く余裕なんて今の恋次には無い。


原因は十中八九、あの鯛焼き。
中に何が仕込まれていたかなんて考えなくたってわかる。腹立たしくてたまらない。

誰だよ仕込んだ奴は。
後で絶対殺す。

「恋次」
「…はい」

静かな声で名前を呼ばれる。白哉の視線を感じる。その姿が目に入る。
…そんな些細な事にさえも過剰に反応し、心臓が高鳴ってしまう。
それだけならまだいい。

先ほどから己自身が袴の中で確実に熱を持ち主張を始めているのだ。

頼むから。
頼むから静まってくれ。

「恋次」
「はい…、っ!!」


勢い良く顔を上げると、すぐ目の前に綺麗な顔。


…ヤバい。
危険だと、理性が訴える。




手を伸ばされて、汗が浮き出た額に長い指が触れ、そのまま耳元までゆっくり這わされる。
それだけでゾクリとした快感が全身に走った。

「気分でも悪いのか」
「いえ…大丈夫です。」


ヤバい。
…ヤバ過ぎる。


「れ…」
「大丈夫っスから!お心遣いありがとうございます」

更に触れようと動く長い指を引き剥がすと、今あるだけの気力でなんとか拒絶した。
目を合わせる事ができないから、あからさまに避けた事で相手がどんな顔をしたのか分からない。
怒らせてしまったかもしれないが、顔色を伺う余裕もない。


熱い。
熱い。

まるで発情期の犬や猫のようだ。

「離せ。痛い」
「ぅわ!すんません!」

慌てて、掴んでいた手を放す。
そんな恋次を前にして、白哉は訳が分からないと言いたげに眉をひそめ、今まで掴まれていたその手に視線を移した。
そのしっかりと握られていた箇所は、強く圧迫されたおかげでほんのり赤くなっていて、恋次はもう一度小さく謝罪した。

それは力仕事など無縁の、細く長い指。
爪の先まで丁寧に手入れされ、指から手首にかけては滲ひとつ見つからない。
同じ男である恋次の目から見ても、美しいと思うほど。
否、それが美しいのは指だけではない。

その指が。
その視線が。
その躯が。
与えてくれる底なしの快楽を恋次は知っている。


ゴクリと、喉が鳴った気がした。

「隊長…あの…」

触れてほしい。
顔に、髪に、肌に、唇に。
いつものように触れてほしい。

「なんだ」

「……っ…あの」


一言望めば、きっとこの熱から解放してくれる。
唇を絡め、肌を重ね、交わって。
狂うほどの快楽を与えてほしい。


…だけど。



勝手につまみ食いしてこんな事になったのは俺の責任で。
俺がこんな事になっているなんて、この人は知らなくて。

仕事の真っ最中であるにもかかわらず、俺は自分勝手な逃げ道をこの人に求めるのか。

はしたなく懇願して。

目の前の上司に、助けを求めるのか。





駄目だ。

失望されるのは、嫌だ。



「はは…隊長、俺…やっぱ腹痛いんで便所行って来ていいっすか」


葛藤に勝利したのは本能ではなく、理性の方。
それに幾らか安堵する。

まだ大丈夫。
早く、この人から離れなければ。


しごく明るい口調で立ち上がるとグラリと視界が歪んだが、机に手をついて何とか踏ん張る。
もう前屈みだろうと、歩く事もままならないほど体の力が抜けていようと、自分の体がどんな状態だろうと関係無い。


理性が残っているうちに
とんでもない事を口走ってしまわぬ内に。
早く…早く。


だがそれは、2・3歩進んだ所で予想もしていなかった長い指に捕らえられた。

「……っ!あ…ぅ…」

振り返る間も無く、先ほどまで仕事をしていた机の上へ押し倒される。
衝撃に驚いて反射的に閉じた瞼を持ち上げると、至近距離の白哉の表情に、更に見開かれる瞳。

始めてまともに見たその人の顔は、呆れているわけでもなく、怒っているわけでもなく…。


「強情な奴だ」

ため息を、ひとつ。


「…たぃ…ちょう…」

「鯛焼きは美味かったか?」



何故、それを…。
何が起こったのか、分からない。



「なん…の事…」

満足げに見下ろす白哉に聞き返せば、答えよりも先に口付けられた。

「…っ…んん…、ふ…」

ザラリとした舌が入ってくる感触に、体が過剰すぎるほど反応してしまう。絡んでくる舌に答えると、首の後ろの産毛が逆立つような刺激が走る。
いつものような性急な口付けではない、確かめるようにゆっくりとした口付けが焦れったい。


理性が僅かに残った頭で考えろ。
なんでこうなったんだ。
…あの鯛焼きを仕込んだのは。


「っアンタか!あの鯛焼きっ」
「用意したのは市丸だ…私は甘い物は食さぬのでな。誰かが持っていくだろうと思うてあそこへ置いただけだ。」

白々しい!
なんて白々しいんだ!

鯛焼きは一番の好物で。置いてあれば俺が食べる事なんて分かりきってるハズなのに知らばっくれる気か、この貴族は。
だが、湧き上がるのはまんまとハメられた事に対する怒りではなく、熱の逃げ道を見つけられた事による安堵と、その先の期待。

「…ずりぃ…っスよ」


このまま、解放してほしい。
この熱を仕込んだのがアンタなら、話は早い。

早く、早く。


そう手を伸ばして、強請るように自分から求めたのに。
せかすように男に口づけたのに、期待したような反応は帰ってはこなかった。


「私は不要なのだろう?」

「…っ…隊長?」

早く触れてほしいのに。
こうなるようアンタが仕向けて、現に今俺を押し倒してるのに。
アンタの望み通りの結果になっているだろうに。


「私に気を使い、一人になれる場所を捜しに行く必要はないぞ」

面白い玩具でも見つけたような。
そんな最悪で極上の微笑を浮かべて言葉が続く。


「命令だ。自分でして見せろ」


囁かれた言葉に絶望した。



「っ…しかけてきたのは…アンタ…だろっ」
「助けを求めなかったのは貴様の方だ」


先ほど恋次が跳ね除けた手を、必死で葛藤した末の拒絶を。


「それはっ!」

それはアンタが知らないと思ったから!
そう云い掛けて、ふと思い出す。

何故、あれほど名を呼ばれていたのかを。
何故、滅多に部下の体調など気にかけない人が、わざわざ自分の前に来て、その体を気遣ったのかを。



「二度は言わぬ」

普段と相変わらず冷めたその人の紡いだ言葉と刺すように鋭い視線が、頭の中の理性という柱を徐々に崩してゆく。

「隊長…っ…」


血液が逆流するような感覚を覚える。
我慢できる限界なんてとっくに越えていて。
理性なんてもうほとんど残っていなくて。

逃げ道を塞がれて、助けてもくれなくて。
耐えられない。

もう、嫌だ。



考えるよりも先に、恋次は袴の帯へと手を伸ばしていた。


「は…っ」

力の入らない指でなんとか帯を解き、己の牡を取り出すと、それは既に先走りを漏らしている。
手で包み込み擦り上げると、ようやく与えられた刺激に身体が歓喜の声を上げた。


人に見られているとか、仕事中だとか、恥ずかしいとか、理性なんてもう残っていない。
ただ本能のままに必死に手を動かすと、絶頂は直ぐにやってくる。

「はっ…ぁあ……、は…」

勢いよく手の中に吐き出した熱は、1度達しただけでは消えないようで、すぐに熱を持ち硬く立ち上がる。
それを再び精液の付着したままの手で擦り上げるとゾクゾクと湧き上がるのは終わりの無い射精感。
熱に浮かされて理性の無くなった恋次は、何度もそれを追い立てた。

その光景を、白哉はただ見下ろしているだけで。

「隊長…っ…」

解放して欲しい。
助けてほしい。

「も…嫌だ…っ、は…隊ちょ…お願…っ…」


アンタが欲しいんです。


「どう…か、っ…ぁ…」
「…恋次」

涙を流し、乱れた姿で懇願を続ける恋次の視界に入ったのは、余裕の無くなったその人の顔。
色を帯びた鋭い視線に射貫かれる。


交わす口付けの熱さに、白哉も高ぶっているのだと理解した恋次はようやく安堵し、目を閉じた。

後にやって来る後悔や、仕込まれた事への怒りや、消え入りたくなるような羞恥心など、頭には無い。



とりあえずあの鯛焼きは、窓から捨てよう。






fin

あぁ…終わらないので無理やり切った感が(汗)
んー。視姦?焦らしプレイ?


(05.12.17)

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