7代目 拍手




六番隊 隊首室




「朽木隊長!阿散井恋次参りましたァ!!」


無言で不機嫌剥き出しの隊長はいつもの通り。
俺は地獄蝶の伝令で呼ばれて即効向かったその部屋の扉をスパーンっと勢いよく開いた。
いや、いつもしてるように開けたんだけどよ。
普段の通りなんだけどよ。


「たったたた隊長!???」

普段と違う事がふたつ。
ひとつ目は、いつもなら怖い顔して仕事の真っ最中の筈の隊長が、仕事広げかけの机をほっぽりだしてる事。

あとひとつ。
決定的に違うことがひとつ。


つうか、ひとり?


朽木隊長の他に、もうひとり。
長椅子に座った隊長の、膝の上。


「へ…えと…それ…は」


濡れたように艶やかな黒髪。
丸いふっくらとした桃色の頬。
小さな手足、細い関節。

「……すー…」

ちょこんと座って熟睡してる子供。
いや子供ってレベルじゃねぇ、幼児くらいの。



けど、なんか心なしか隊長に似てる気がするし。
隊長の隠し子…?
誰だ。
隊長と前の奥さんの間に子供はいねぇ。
誰の?
違うだろ。
ぜってぇ違うって。
えーっと。
そうじゃない。


覚えのある顔立ち。
覚えのある髪質。
俺が知ってる一番古い記憶よりも、まだ前の。
だけど覚えのある面影。

…あれは。


「る…ルキ、ア!!??」
「静かにしろ、やっと眠った所だ」

すっとぼけた声を上げた俺を見て、隊長は不機嫌な顔を更に最悪にした。

別に子供は嫌いじゃねぇよ。


…けどよ。

これは、反則じゃねぇ?









事の発端は数時間前。

虚の中に、変な能力を使う奴が現れて。そいつの討伐命令が十三番隊に下り、出動したのが数時間前。
そいつは結局の所は問題無く倒されたんだけど。

だが、退治される前の虚の最後の一撃が、とどめを刺したルキアを中心に周辺にいた隊員全てに感染、というか影響して。
ルキア達は幼児に退行した。


比較的被害の少なかった隊員は数時間で元に戻ったそうだが、至近距離にいてそれをモロに食らったルキアは恐らく一番戻る為の時間が掛かるだろうとの卯ノ花隊長の診断で。




先ほど、問題のガキは保護者に帰された所。












「で、…どうするんですか」

隊長は深いため息を一つ吐き出して。

「知らぬ」




俺に全部丸投げた。



------------------------------



「とりあえず交代しますから。ルキアこっち下さい」

とりあえず、突っ立ってても埒があかねぇ。隊長が俺を呼んだって事は、助けがいるって事だしな、たぶん。

「……」

両手を差し出してルキアを受け取ろうと待ち構える体制を取るものの、隊長は眠ったままのルキアに手を添えるだけで持ち上げる気配は無い。
というかある一点を見つめて固まってる?つうか眉間に皺よせちゃって…困ってる?

「隊長?」

その視線の先をよく見ると、ルキアが隊長の羽織をしっかりと握りしめていた。
俺に渡す為にはその手を羽織から離させないといけねぇんだけど、無理に引き剥がそうかどうしようか迷っているらしい。
隊長、子供の扱い下手そうだからなぁ…。


「あぁ、触っても大丈夫っすよ。指一本ずつゆっくりこうやって…ほら」

「…手慣れているな」
「戌吊に住んでた頃は小せぇガキらも沢山いたんで」
「そうか」

ようやくルキアを抱き上げると、起こさないようにゆっくり隊長の横に座る。
見た目よりずっしり重いのは命が宿ってるからで、子供体温だから直ぐに抱きかかえてる腕に暖かさが伝わってくる。
手が離れた隊長は名残惜しいのか、ルキアの髪に手を伸ばして軟らかい髪の毛を梳き中。
その表情も穏やかで、優しい。



なんか、こんな雰囲気って…いいな。



「そうだ隊長。何か、床の代わりになるような毛布でもあれば良いんスけど」
「按ずるな。既に手配済みだ」

「へ?」


コンコンッ


その直後、隊首室の扉を叩く静かな音。
入って来たのは朽木家のじぃやさんこと清家さん。プラス背後に控える使用人数十人。
運び込まれたのは、丁寧に包装された大量の箱類。

「何すか…これ」
「子供は何かと入り用ゆえ手配させた。これだけあれば足りるだろう恋次」

隊首室に入りきらずに廊下にまで溢れる服やベットやおもちゃ類…。
戌吊じゃこんなに大量に無くても最低限の衣食住さえありゃぁ何とかなったよな…。
つうか何だこの玩具のチョイス。ワカメ大使のフィギュアとかセンス悪ぃ…。



「足りぬなら申せ、手配させよう」
「……」

どうする?
せっかくの隊長なりの気遣いを否定するのはマズイ。
けど、これじゃ…。


「いえ…、…もう十分ス」
「そうか」


これ以上部屋を箱で埋められても困るし、後でこっそり捨てるか…。
そんな事を考えながら悶々としてると、腕の中でもぞもぞと動く気配。


「あ、起きた」


眠そうに目元を擦りながら、ゆっくり開いた目蓋。
次いで現れる黒瞳が、でけぇ。

「よぅ。ようやくお目覚めかよルキア」

あんまり瞳が丸々してたから、思わず覗き込んだのがマズかったんだろう。


「…っ…ふぇ…ぇっ…」
「たた隊長!!」

部屋中に子供のけたたましい泣き声が響く。
何だ何だ、起きた途端に大泣きかよ!飯か?オムツか?? そう慌てたら何故かルキアは必死に隊長の方に手を伸ばす。
つうか俺拒否かよ。長年の心友を完全拒絶かよ。

「今のルキアに記憶は無い。恐らく眠る前と起きた後と抱いている者が違っておったからではないのか?」

隊長が泣き付くルキアを受け取って抱き上げて背中をさすると、叫び泣きが次第に啜り泣きに収まってゆく。
もちろん隊長羽織はしっかり握って離さない。顔を押し付けるから涙とか鼻水とか、つきまくり。


「へぇ…隊長にだけは懐いてるんスね」
「当然だ。懐かせ寝かしつけるまでに3時間ほど時間をかけた故」

「へ…へぇー」


3時間も、何やってたんですか隊長。


「そもそも、貴様のような派手で目付きの悪い面白眉毛は子供にとって毒だろう」
「最後の面白眉毛は余計です」


とにかくルキアに嫌われる訳にはいかねぇ。何とかしてご機嫌取らねぇと。
何でもいいから、興味を引きそうな物を見渡して、手に取る。



「ほらルキア。ワカメ大使だぞ〜」



おお!!ウケは良好。
俺には分からねぇが、この独特なフォルムとファンシーな顔、嫌に軟らかい感触が案外子供心をそそるのか?




------------------------------




「ほら高い高〜い」
「きゃっ、きゃっ」

ワカメ大使のおかげですっかり懐いたルキアを持ち上げて遊んでやる。
両手を高々と上げ、デカい瞳をキラキラさせてもっとと強請る仕草が可愛いのなんの!

「隊長!隊長!」
「……」

持ち上げたルキアをそのまま肩に乗せて。

「更木隊長みてぇ?」
「………」

きゃっ きゃっ


ルキアは大喜び。
俺もテンション急上昇。
反対に…隊長のご機嫌は急降下?


「隊長〜、何無視ってるんすか」
「……」
「ほら、ルキア可愛い」
「……煩い」


俺が面倒見る事になったから仕事できて満足な筈の隊長は超不機嫌。いつもの達筆な文字が若干歪んで見えるのは気のせいじゃない。


「隊長〜、子供って感受性高いんすから、そんな怖い顔したら泣いちまいますよ…なぁルキア」

きゃっ、きゃっ


肩に乗ったまま、俺の髪を引っ張って遊んでる今のルキアには、機嫌の良し悪しも分かっちゃいねぇんだろうけど。
つうかマジて可愛い。






「くぁーっ!…俺も最初は女の子だよな。俺似はありえねぇけどルキア似なら絶対可愛い」
「……」

「ほらルキア!父様って呼んでもいいんだぞ〜」
「……恋次」
「あははやっべ可愛いー!」

ゆらりと立ち上がった隊長を視界の隅に捉えて、ルキアに向けていた視線をずらそうとした瞬間、部屋中に鈍器をぶつけたような、そんな鈍い音が上がった。

「ぎゃぁぁあ何すか隊長!」

ヒュッっと顔の横を通り過ぎたのは、隊長が今し方使っていた…文鎮。
壁に当たったそれが少し時間をかけて床へと落ちてゆくと、その壁にはモロに激突した文鎮の形そのまま、クレーター状にぼっこりと凹んでヒビ割れてしまっていた。

「っ…ルキアに当たっちまったらどうするんすか!」
「貴様が受ければ済む事だ」

冷静な声音と反比例して霊圧を上げてく隊長の手には側にあった花瓶。

「ひぃっ!投げんな当たる!っつうか当たったら死ぬ!」
「貴様に兄と呼ばれる筋合いなぞ無い!」

「へ?そこまで勝手に話を膨らませないで下さい!俺だってまだ心の準備とか挨拶とか色々…あぁタイム!タイム!冗談っすよ!ほら例えばの話っすよ!冗談だって…っわぁぁ!」


ガシャァァーン!!





痛ぇ。
あー、こりゃあ絶対血が出てる。
頭ん中まだぐわんぐわん変な音が響いてるし。
何だこのドメスティックバイオレンス的な展開は。
床に倒れこんでもなんとか落とさないよう死守したルキアを今度は隊長が抱き上げる。
俺の頭上に子供抱えて仁王立ちする隊長が、すげぇ威圧感。



「…スミマセンでした」
「身の程を知れうつけが」

ヒデェ。相変わらずルキアは隊長の腕の中でご機嫌にしてるのを見上げてちょっとヘコむ。。
変わる変わる遊んでもらって嬉しいのかそうか…。
…少しくらい労ってくれるとか、そんな乙女心は無ぇんだろうか…つうか無ぇよなルキアじゃぁ。


「あー、ぅーっ」
「…?」

そんな空気の中で、、ルキアは抱き寄せてた隊長の手をどけて、顔を上げ何かしら声を出し始めた。
隊長も俺には絶対してくれないような顔でルキアを見てる。
床の俺は無視。
つうか隊長結局仕事してねぇし!


「あーぅ」

顔に伸ばされた小さな掌が襟元を掴む。
大きな瞳は真っ直ぐに隊長に向けられていて、ほやんと笑った口元。






「かぁしゃま」


「……」
「……」

これでもかってくらい可愛く笑ったルキア。
固まった隊長。
相変わらず床の上の俺。


「……恋次」
「ひっ…俺のせいじゃねぇっすよ!!」
「問答無用」
「ぎゃぁぁあ!!」





【 戻る 】

Fペシア