6代目 拍手





音も無く瓦を軽快に歩み、屋根から屋根へと身軽に舞う。
長い尻尾を誇らしげに揺らし、美しい曲線の肢体をしならせる。
高貴漂う艶やかな、一声。



にゃーぉ



「あ、隊長。お疲れ様っす」
「ああ」



執務室で一人書類整理をしていた恋次は、戸を開き入ってきた上司を見るや立ち上がり頭を下げる。
それに軽い相づちだけで答えた白哉は、再び席に座り作業を続け始めた恋次を横目に自分の席へと静かに腰を下ろした。
普段と変わらず穏やかな1日。



【小姑とご亭主とお嫁さん】



綺麗に片付いた白哉の卓上とは対照的に、事務整理の苦手な恋次の机の周辺には、報告書や何やらの書類が山のように積まれていた。
書き損じたらしいぐしゃぐしゃに丸められた紙切れが屑籠から溢れ、今もまた間違えたとばかりに顔をしかめた恋次が書いていた紙切れを丸めて屑籠へと投げる。

書類整理をするだけだというのに、ころころと表情を変え、絶えずせわしなく動く様を見て、白哉は落ち着きが無いと咎める事もせずに珍しく頬を緩めた。



「…何…すか」
「いや」



その様子に気が付き顔を上げた恋次は、声に出さずとも揶揄されたのだと分かったのだろう。
何か言いたげに視線を向ける恋次に白哉は何も言わず、そのまま己に回ってきた書類を手を取りさらりと視線を外し、また沈黙が流れる。
だがそれは重苦しいものでは無く、穏やかに時間が過ぎてゆくような心地良いものであった。



ガサガサガサ


その沈黙を破り部屋中に響いたのは紙が擦れる音。正確には恋次の横の屑籠が勝手に動き、入っていた紙屑が床へと落ちている音だ。


その下から突如現れる、黒いもの。


それは音も立てず屑籠から床に降り立つと黄金の瞳を光らせ、何者かと見つめる白哉に向けて、にたり…と嫌な笑みを浮かべた。



一匹の、黒猫。



「ぅわ!すんません」



慌ててひょいと抱き上げ、散らばった紙屑をかき集める恋次の腕の中に大人しく収まっている猫を見るや、白哉は普段の感情の変化に乏しいその顔を極端に引きつらせた。



「……夜…ぃ…」



忘れもしない。
あれは、間違い無く。



「あぁ、やっぱり隊長知ってたんスか。少し前に窓から入ってきたんですけど、すげぇ人に懐いてっから誰かの飼い猫じゃねぇかって思って」



白哉が戻る少し前、恋次一人の執務室に窓から入ってきた小さな侵入者。
濡れたように艶やかな黒い毛並みに優雅な物腰で、迷い猫と言うよりは余りに落ち着き払った物腰で。だから恋次は白哉の飼い猫か何かだろうと察し、特に気にかけず放っておいたのだ。
ただの猫だろう…と。


今も抱いたまま猫の耳の後ろから首の毛を指で撫でてやると、気持ち良さげにゴロゴロと喉を鳴らしもっと、と懐く黒猫が可愛くて恋次は笑う。



「離れろ、汚れる」



ざわり、と白哉の冷たい声音と周辺の空気が変わったのを体で感じ取りビクリと身を跳ねさせた恋次は、一瞬意味が分からなかった。



「…っ、すんません…!!」



それが猫を離せという意味だと分かるや否や、慌てて手を放す。すると猫は身を回転させ器用に床に着地。まだ甘え足りないのか恋次の足に体を擦り寄せ、構ってくれと訴える。
それさえも気に入らないのか、白哉は更に霊圧を上げ、その指は腰に携えた残魂刀へと伸びー…。


「ちょ…隊長!」


あまりの出来事に頭が付いていかず、殺気を含んだ視線に恋次は本気で慌てた。
意見の違いから白哉の機嫌を損ねることはあっても、今のように急激に激怒させる事など過去なかったからだ。

何より猫に触れたから。そんな理由でここまで激怒されるなど、全く理解できない。


にゃーぉ


その間、猫は白哉の霊圧にも何処吹く風。涼しい顔をして恋次の足元を歩き回る。

だが、何の反応もしてこない…白哉の霊圧で動けなくなっている恋次に飽きたらしく、ひょいと床から机の上へと飛び上がった。

「あっ!おい!!」


そのまま、開かれていた窓から外へ。
あっという間に消える姿。


「…命拾いしたな」

抜刀しかけた刀を鞘に仕舞い、除々に収まる霊圧を感じ、恋次はとりあえず胸を撫で下ろした。

「恋次、茶を」
「はい!!」

再び椅子に座り珍しく溜息なぞ吐く白哉に色々と湧き上がる疑問を問い掛けたいのだが、とりあえずは茶だ。
そう思い、執務室を後にする。


にゃーぉ


扉を閉める前に入れ替わり入ったのは先程の猫。
窓から逃げたと思ったのに、またやってきたのか。

「やっぱあの猫は隊長の猫なんだろうな」

そう一人ぶつぶつと茶を入れながら機嫌を損ねさせた理由を考える。
そういえば現世で昔、お犬様とかいうのが一時期流行したらしい。その類で白哉もあの猫に破格の待遇をさせているのかもしれない。
だから庶民以下の身分の自分が触れる事すら恐れ多いと。…そう言うのだろうか。

…野良犬の自分よりも。あの猫の方が大切なのだろうか。



入れた茶を持って再び執務室の前へ。
きっと中には猫を可愛がる白哉の姿がある筈。

くだらない嫉妬などしても、相手は只の猫だ。
触らないように注意して、さっさと仕事を終わらせてしまおう。



そう、深呼吸して扉を開ける。



「……」

開けた途端、津波の様に押し寄せた激しい霊圧に、持っていた茶が吹っ飛んだ。

「…たい…ちょう…」

何だこの光景は。
扉の先、執務室だった筈の部屋の床からは大きな刃が何本も伸び天井に突き刺さっている。
それは。

まさに。




「何卍解してんだアンター!!!」



静かな月明かりの下、恋次の叫びは執務室が吹っ飛ぶ爆音にかき消された。








「今日はどうしたんスか?」

敷布団を畳の上に広げながら、恋次は心配げに訊ねた。
白哉の卍解で執務室は跡形も無く大破し、危うく恋次も巻き込まれる所だった数刻前の出来事を思い出す。
あの後はもう大変だった。
白哉は何も言わないし、書きかけの書類は全て塵になってしまい初めからやり直し。
あの猫は無事逃げられたのだろうか…。



「あれは不吉だ」
「…?…猫が?」



「いや、もうその話はするな」

尚も疑問を深める恋次に白哉は釘を刺す。あの猫が本当は人だと言っても信じないだろう。
あの女は決してボロを出す事は無い。100人中100人を騙し通せる程完璧に化ける実力を持ち、したたかで狡猾で、口惜しいが非の打ち所が無いと白哉は心の中で舌打ちした。
あの猫が人の言葉を喋らない限り、化ける瞬間を見ぬ限り、ただの猫だと思い込んだ恋次に白哉が幾ら説明しようとも無駄だという事は過去経験済みだった。
再び険しい顔をし黙ってしまった白哉に、恋次は2つ置いた枕を1つに戻し、立ち上がろうとする。



「俺…やっぱ帰りましょうか…隊長、なんな疲れてるみてぇだし」
「いや、構わぬ」


腰を上げかけた恋次の着物の袖を掴み引き寄せると、心配そうに顔色を伺うその瞳の少し上、瞼にそっと唇を寄せた。



「それとも、貴様が帰りたいのか」
「…俺は…っ」


返答を聞かぬまま敷布に押し倒し、もう一度。今度は唇に食らいつく。
おずおずと口を開き舌を絡めてくる恋次の頭を撫で髪を解き、手にかかる柔らかいそれを指に絡めて感触を楽しむと、口を離し耳元で優しく名を囁いてやる。

「っ…は…、…ずりぃ」

恥ずかしげに瞳を潤ませ観念した恋次がもう1度、と接吻を強請り、それからは互いの着物を剥ぎ取るのに夢中で。
…するりと僅かだが音も無く障子が開いたのに、2人は気づかなかった。



「っん…ぅ…ふ…」

帯紐を取り前を寛げ、普段隠されている胸元へと手を這わす。
ゆるゆると肌の感触を指の腹で味わいながら触れ、滑らせて。こそばいさに恋次が笑いだすのをまた唇で塞いで。
今度は摘み上げた突起を強く擦り上げた。

「んん!」

腕の中でビクと体を跳ねさせ放せともがく体を押さえつけ、顎、首筋と、余った手を更に下らせ柔らかい太股を撫で上げる。あくまで核心には触れず、足の付け根を指で優しい愛撫を繰り返す。
唇を絶えず貪り続け、除々に思考が快楽だけを追いかけていくようになると、それから落ちるのは早かった。
焦れた恋次が足を折り、白哉の腰を挟むように押し付けて、体が覚えた刺激をもっと味わいたいと貪欲に。触ってくれと誘うような仕草。

「嫌に積極的だな」
「っ…ぁっ…アンタがっ…」

最後まで言わせてやる気も無い白哉は、そのまま指を尻へと持っていき。入り口を一度撫でると、まだ堅い穴に指をゆっくりと押し込んでゆく。

「…ゃ…やだ…、あっ…ぅ」

それでも受け入れようと綻んでゆく其処を入念に解しながら、完全に立ち上がった恋次自身を擦ってやると、溢れ出す先走りに白哉の手が濡れてゆく。
ほどなくクチュクチュとした音が耳に届き、顔を赤らめ俯くだけの恋次を追い立てる。


「はっ…あぁ…あ…」

体を、喉を震わせて腕を伸ばし強請るのは接吻。
今から行われる情交に対するほんの覚悟と心構えを作る為に。
一度触れるだけのキスをして顔を上げると恋次の腕が白哉の肩に回る。

「恋次」

耳元で愛しい名を囁いてやると、返し発せられるのは己の名ー…。



「ぁ…お前…」


ではなかった。


熱さに酔い呆けていた恋次の顔が、普段の笑顔に戻る。
それは、白哉に笑いかけているのではなくて。
肩に回した手を動かしているのは白哉の体を撫でているのではなくて。






「ははっ、すげぇなお前!無事だったんだ」


固まったままの白哉の耳に猫の柔らかい毛がふわりと触れた。
更に、にゃーと恋次に向かい返事をするように一声鳴くと、猫は撫でてくれていた恋次の手を逃れ、白哉の耳元にじゃれる様にその顔を擦り寄せる。

そして。

白哉だけが聞こえる声音でぼそり、と。



(ほほぅ…これはなかなか良い眺めじゃのぅ)



猫の金の瞳に映るのは髪を乱し、何もかも露わになっている無防備な恋次の姿。
動物に見せても減りはしないだろうとその体を隠す事も無く、白哉の卍解を受けて傷一つ無いその猫を称えているだけ。


ゆらり、と白哉が動いた。
肩の猫を鷲掴むと勢い良く床の上に叩きつけ、苦しげに呻き声を上げる猫に向かって殺気を隠さない視線で、一言。



「…破道の四」



「!!!」


銃声のような破音が部屋に木霊する。
音速をも超える速さで放たれる白い閃光…、だがそれは猫の体を貫く事は無かった。
あの瞬時の間に、猫の姿はおろか気配さえも消え失せていたのだ。

「逃したか…」
「…!!」

舌打ちを打つ白哉を見上げて、恋次は今の自分の姿や先程までの甘い状況など全く忘れてしまったかのように、大きく開いた口を魚のようにぱくぱくと動かしたまま、体は金縛りに遭ったかのように動かす事ができなかった。

先程の殺気漂う様と、破道が指先から放たれる瞬間を至近距離で体感してしまったのだ。
猫はもういない。
だが…。

変わりに恋次の顔の数センチ横に床を貫通するほどの風穴が空き、硬直した恋次の頬に走った傷から生暖かいものがたらりと伝い敷布に落ちてゆく。
目を見開いたまま、ゆっくりとした動作で頬のそれを拭い、恐る恐る視線を横に動かすと、震える指を濡らすのはヌルリとした紅い鮮血。



「すまぬ、恋次」
「……」


「…恋次?」



「…っ…」



その後、白哉の制止を振り切り恋次が涙目で逃げ出したのは言うまでも無い。
それから数日間、目を合わせようとしない恋次の機嫌を取る珍しい白哉の姿を、遠巻きに傍観して回る黒猫の姿が目撃されたという。







fin...




拍手というのはもっと簡潔にぱっぱとしたものを上げるべきなんだと思うのですが。
いつの間にかこんな!(本当はこの半分くらいで終わらせようと思ってた)
あぁ、…短くともぐぐっと引き込まれるような魅力的な文を書かれる方を尊敬します。
長々と読んで下さってありがとうございました。


当方の勝手な想像なんですが、恋次は人の夜一さんは知ってても、猫の姿の夜一さんは知らないんじゃないかと!
あと鬼ごとの時とか考えて、夜一さんが白哉さんの肩に乗っても他の事に集中してたら割りと気がつかないんじゃないかと!


…間違ってたらすみません。






以下オマケでセリフのみ白緋↓







*-*-*-*-*-*-*-*


四十数年前の朽木廷。
庭先にて。








「白哉様、可愛らしい猫でしょう?」


「…!…」



「ほら、こんなに人懐こくて。…先程迷い込んで来たんですよ」



「…夜一」



「この子は夜一という名なのですか?」



「離れろ、緋真」



以下同文。






(終)





白哉さんは小さい頃から夜一さんに遊ばれて散々いじめられていたらいい。
それがトラウマになってたら凄くいい。





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